お母さんの感想文2019年11月

まつえ助産院 今月は陥没乳頭を抱えて、妊娠中から手当てをしながら、出産後少し苦労はしたようですが、母乳育児を何とか継続できたようです。その後乳腺炎を繰り返し来院されました。

 

 
 

 

 

 私は2月に帝王切開で初めての出産をしました。逆子だったため予定をしての手術でした。看護師さんに急に「逆子なのでおっぱいのマッサージを中断してください」と言われました。マッサージをすると子宮収縮が起こり、逆子が治りづらいという理由でした。えっ?そんな事知らなかったと、それから凄く心配で不安の毎日を過ごしていました。なぜなら私は陥没乳頭だったからです。出産までに頑張って毎日マッサージすれば大丈夫の言葉を信じて毎日頑張ってきましたが、これで赤ちゃんにおっぱいあげられなかったらどうしようと・・・
結局マッサージは中断で出産となり、おっぱいの悩みを抱えたまま育児がスタートしました。
やはり、おっぱいは上手くあげることが出来なくてマッサージ方法をおそわりながら、毎日毎日助産師さんたちに夜中も授乳する時は毎回みて頂き、指導してもらいました。
母乳はつくられていて、おっぱいはミルミルうちに大きくなり氷で冷やさないといけないくらいになりました。しかし、陥没乳頭のため息子は上手く吸うことができず体重は全く増えず、どんどん減っていきました。退院後も体重が増えないので産院に何度か行き、体重チェックもありました。体重が増えないということで、はじめは増やすことを目的にミルクもあげてくださいということでした。おっぱいは教わった方法でだんだん上手にくわえさせることができ、右側の乳首が出ておっぱいがあげられるようになりました。息子の体重もどんどん増え、目標をクリアすることができました。やっと母親になれたんだなーと涙が出るくらい嬉しかったのを覚えています。
左も必死で乳首を出そうと吸わせたりしていましたが、血が混ざって出るようになり左を諦めて右だけのおっぱいで頑張ることにしました。
何ヶ月かたった頃、急に夜中におっぱいがガチガチに四角い形になって乳首に白い斑点の様なものができていて、絞っても絞っても詰まってしまい何も出なくなりました。苦しくて苦しくて冷やしてみましたが治まることはなく、その日は眠れませんでした。ご近所に良くしてもらっている助産師さんが住んでいるのですが、次の日泣きべそをかいて助けを求めに行きました。仕事では無いのに、おっぱいを見てくれてマッサージを沢山して頂き開通してくださいました。こんな事が何度も何度もあり、その度に助産師さんに助けてもらいました。
日にちが経ったある日、またまたおっぱいが詰まってとてもひどい症状になってしまいました。全く開通もしないおっぱいはとても辛く、破裂するのではないかと泣きそうでした。そこで助産師さんにこちらを紹介して頂きました。すぐ先生はおっぱいを診てくださり、マッサージして下さいました。また白斑が大きくなっているようで、とても痛みを感じました。何分も丁寧にマッサージしてもらい、噴水のようにピューと母乳が出てきました。大きく腫れ上がっていたおっぱいも少しずつ小さくなり痛みもどんどん取れていくのがわかりました。ほっとしました。こんな風におっぱいで苦しんでる人沢山いるのではないかと私は思います。出産して退院後のおっぱいケアまで産婦人科でしてくれるといいのになぁと思います。も�!
�と早くから、逆子だったとわかった時からこちらに来ていれば他の方法があったかもしれないし、こんなに悩まなくても良かったかもしれないと思います。今では左右のおっぱいのサイズは違う大きさになってしまいました。でも私はラッキーだったと思います。ご近所に助産師さんが住んでいたことと、こちらを紹介していただけたこと。とても感謝しております。出産後は精神的に不安定になることがあると聞いた事があります。私はそれがおっぱいの悩みが一番のような気がします。もっと診てもらえる病院や施設が増えることで精神的にも楽になると思います。
そして、わたしがもっと勉強しておかなければいけなかった事は、食事についてです。簡単に食べることが出来るからと牛乳とパンばかり食べていました。栄養についてのお勉強会はありましたが、お腹の子にたいしてだけだと思っていました。おっぱいにも関係あったのですね!今では気をつけて食事をしています。
そして何より嬉しいのは、左のおっぱいも少しずつですが出てきてあげられるようになりました。少し負担が少なくなったのか、右のおっぱいもつまりが少なくなりました。助けていただいてありがとうございます。

私の一言

 

 

 赤ちゃんの一回の哺乳量は、母乳の場合70~80mℓ、胃の大きさを考えるとそれ位で十分なのですが、人工栄養のミルクの量を考えて増やさなければ、と思う方が多いようです。一日3時間毎に授乳することで、母乳の作られるリズムに合わせており、トラブルのない母乳育児が継続できます。赤ちゃんの必要以上におっぱいが作られるとどうしても余ってしまって、乳腺炎の原因となります。それは母親の食事量や、内容、水分摂取量など原因となることが多いようです。
このケースも母乳で取り組んでいらしたのですが、どうしても両方のおっぱいで一回量を間に合うようになっているので、片方だけで間に合わせるようにすると、トラブルも起きやすいようです。しかし、何とか母乳育児を継続できていることに、母親の頑張っている様子が目に浮かびます。望んでいた母乳育児を楽しんでいただければと
応援しています。

お母さんの感想文2019年10月

まつえ助産院  今月は初めての妊娠や出産する方は、今後どのような経過をたどり、育児に向かうのか、育児でどんなことがあるのか、漠然とした不安と現在の変化に合わせて、過ごされていると思います。このような経験した方もおられますよという内容です。参考になりますよ。

 

 

 

 

 妊娠中は、母乳は何もしなくても出るものだと思っていました。産院の母親学級では、母乳に関する説明は36週以降におっぱいマッサージをして下さいと言われただけでした。まさか、こんなに母乳のことで悩むとは思ってもみませんでした。

産後は、助産師さんからミルクの与え方の指導があり、赤ちゃんには初めからミルクをあげていました。まずは母体を休めさせることを優先していたのだと思いますが、母乳をあげるものだと思っていたので少し驚きました。産後3日目でおっぱいはカチカチに張りましたが、冷やすように言われ、ひたすら保冷剤で冷やしていました。初乳は出してもらいましたが、母乳はほとんど出ませんでした。私は母乳が出ない体質なのではないかとショックを受け、不安を抱えたまま退院となりました。ミルクだけで育てることも1つの選択だったのかもしれませんが、諦めきれませんでした。

退院後も赤ちゃんはおっぱいを吸ってくれず、乳頭保護器をつけてなんとか飲ませていました。生後1か月までは母乳のあとに毎回60~80mlのミルクを足していました。
母乳が出ないことについて、どこに相談してよいか分からず、完全母乳で育てている友達や保健師さんが訪問した際に相談していました。とにかく頻回授乳と夜間の授乳が大事だということで頑張りました。少しずつ母乳は出るようになりましたが、それでも1日200ml程ミルクを足していました。

産後1か月半ほど経ち、食欲が出るようになってからは、何でも食べられることに喜びを感じ、お祝いで訪問してくれる友達と宅配ピザやケーキなどを食べていました。段々とおっぱいがチクチクするようになってきましたが、何故そうなるのかが分かりませんでした。ついに、激しい痛みとともに、乳首に白斑ができてしまい、ここで初めて自分が乳腺炎になりかけていることが分かりました。

慌てて母乳外来がある病院をインターネットで検索し、松江先生の助産院のことを知りました。生後2か月の赤ちゃんを待ち時間の長い病院へ連れて行くのは大変だろうと思ったため、先生のところへ電話をしました。状況をお話すると、「今すぐ来て!」と言って下さり、急いで準備をして助産院へ行きました。おっぱいの状態を診てもらい、乳腺が詰まってひどい状態であることを言われました。マッサージは本当に痛かったのですが、1回で大分柔らかくなりました。また、母乳には和食が1番良く、パンや乳製品、脂っこい食べ物は母乳を詰まらせる原因であることを教えていただきました。ピザやケーキを食べ過ぎていたことが原因であったと確信しました。

マッサージにしばらく通うと痛みも和らぎ、白斑もなくなりました。また、食事を和食中心にしたことで、赤ちゃんの顔の湿疹も消え、なかなか落ちなかった自分の体重も徐々に減り、いかに母乳に悪い食生活をしていたかを痛感しました。

ミルクを止めてからしばらくは1日20回も授乳し、寝不足で大変でしたが、先生から「大丈夫!完母になれるよ!」と励まされ、頑張りました。1か月も経つと母乳量は安定し、1回の授乳で80ml出るようになりました。ゴクゴクと美味しそうに母乳を飲んでくれる赤ちゃんの姿を見ると、大変だったけど、諦めなくてよかったと思います。本当に完母になれるとは思っていなかったので、先生には感謝しかありません。

また、先生には赤ちゃんの成長で不安なことなど、些細なことでも気兼ねなく質問できます。その度に的確に答え下さるので、とても心強く思っています。これからも、トラブルのない母乳育児のために、定期的に通いたいと思います。

 

私の一言

 

 この方は今順調に母乳育児を楽しんで居られます。本当に良かったと心から思っています。妊娠中のおっぱいにも不安はなく、自然に母乳が出るのだろう位にしか思っていなくて、授乳できない現在にショックを受け、大分悩まれた様子でした。
母乳は、お産が終わると、おっぱいを作るホルモンが出てきて、2~3日後にいっぱい張ってきます。その時に授乳しようと思っても、張り過ぎた乳首は硬くて、赤ちゃんは楽な哺乳瓶に慣れてしまっていて、吸ってくれません。その結果母乳育児をあきらめてしまうことが多いようです。それを避けるためには、張る前の乳首を授乳してインプットする必要があります。哺乳瓶の前に最初の授乳が赤ちゃんにはとっても大事だという事です。その後に哺乳瓶を与えても大丈夫です。
人間の子を育てるのは人間のおっぱいです。それが原点と思って妊娠中からの準備が必要です。どうすればいいのか助産師のアドバイスを受けることを、また、私もお電話下さればアドバイスできます。待つのではなく積極的に動きましょう。

お母さんの感想文2019年9月

まつえ助産院 今月は実家に帰らず、関東圏で出産、育児で頑張っておられた方で、考えたように上手く展開できず、悩み、見かねた実母のアドバイスで来青されたケースです。仕事柄知識はあったのですが、実際は思う様にいかず辛かったようですね。このケースからも参考になるところがありますよ。

 

私は今年の1月に帝王切開で初めての出産をしました。妊娠6ヶ月頃から逆子だねと言われて以来ずっと治らず、帝王切開の適応となりました。もともと看護師だったこともあり、働いている科は違うものの、学生時代に勉強していたのでなんとなくイメージできていると思っていました。
ですが、実際に体験してみるとわからないことだらけで、悩みの連続でした。
まずは帝王切開での出産だったこともあり、術後はまず母体優先で休むことを推奨している産院でした。なので、産まれてすぐ母乳をあげるわけではなかったので、まさか自分が母乳をあげることにこんなに悩むことになるとは知らずにいました。
いざ、おっぱいをあげようと助産師さん指導のもと実践してみたところ、わたしは乳頭が短く小さかったので息子がうまく吸うことができなかったのです。
それからフットボール抱きにしてみたり、乳頭保護器や、搾乳機などを駆使してなんとか母乳を飲んでもらおうと頑張りました。しかし飲んでもらおうとすればするほど息子が泣いてしまい、うまくいかない毎日に私自身どんどん悩んでしまい、泣きながらミルクをあげて哺乳瓶を消毒して寝る時間もなくなっていくという悪循環な状態が続きました。
そんな私を見兼ねて、母が実家に帰るよう勧めてくれ、青森でまつえ助産院に通うことになりました。最初はミルクなしで母乳だけにする自信がなく、不安でいっぱいでした。
毎日先生のもとに通うごとに母乳がどんどん出るようになり、1時間ごとにあげていたおっぱいもだんだん間が空いてきて3時間ごとの授乳ができるようになりました。
自分の顔を見ておっぱいをゴクゴク飲んでくれる息子の姿をみて、悩んでばかりだった授乳の時間が本当に幸せな時間に変わっていきました。
先生に出会えなかったら母乳をあげられないジレンマに悩み、早々に諦めてしまっていたかもしれません。実家に帰ってくるよう勧めてくれた母と、母乳育児ができるように親身に相談に乗ってくれ、サポートしてくださったまつえ先生には感謝で一杯です。

私の一言

最近は核家族化の影響が問題になっていますが、このケースも夫と2人で頑張ってみようと思っていたようです。産院でも適切なアドバイスが受けられず、退院してからの悩みがより深くなったようです。基本的なアドバイスがあれば自宅に帰った後でも、実践できる知識はあるのですが、実際は中々思う様にいかないケースが多く、サポートがあればと考えてしまいます。
このケースも実家のアドバイスで早めに来院され、基本的な抱き方や授乳の仕方などのアドバイスですぐに哺乳量も増え、その後も順調に母乳育児を実践しています。
最初はとても辛く大変だったようですが、今は母乳育児を充分楽しまれていると思い、本当に良かったと心から思っております。

お母さんの感想文2019年8月

まつえ助産院  今月は、ご主人の転勤で来青された方で、乳腺炎で来院されました。実母のサポートも制限のあるなか起こした乳腺炎で、お出でになられたときは辛そうでしたが、サポートできたケースです。発熱や疼痛等、乳腺炎は授乳しながら治療しながらの繰り返しでしたが、現在は順調に経過されています。

 

 

 

 私が最初にこちらの助産院にお世話になったのは、第二子が生後1ヶ月のとき、乳腺炎で発熱したことがきっかけでした。
我が家は転勤族で、青森に引っ越してきて4年目でした。第一子が生まれたときは、実家の近くに暮らしていたため、困ったときは助けてくれる家族がそばにいましたが、第二子のときは、まだ手のかかる上の子もいるし、そばに頼れる家族もいない、状況が随分変わっていました。

第二子は青森で出産をしたため、実の母が上の子のお世話や家事の手伝いにきてくれていましたが、乳腺炎になったときは母がそろそろの実家に帰る頃でした。今思えば産後の育児疲れとこれからの不安で、体が助けてと悲鳴をあげていたのかもしれません。
乳腺炎で胸のしこりが熱を持ち、体の節々が痛み、寒気がして熱は38度まで上がっていました。一晩休むとすぐに熱は下がったものの、胸のしこりは残ったまま。母が帰ってから、上の子の世話、家事を自分でやらなくてはと気負っている上に、また乳腺炎で発熱したらどうしようとただただ不安に思っていました。

そんな時にインターネットでこちらの助産院を見つけて、すぐに電話をしました。そのとき先生に状況をお話しすると、「今が頑張りどきね、頑張りましょう」と言われ、何だかほっとしたのを覚えています。
最初は胸のしこり、炎症が取れるよう、期間を空けずに通院してマッサージ等の処置をしてもらいました。それと合わせて、授乳の仕方や間隔、食事等の指導をしてもらい、通院を重ねることで次第に乳腺炎の症状も落ち着いてきました。その後は1週間、2週間おきに通院を続け、乳腺炎の症状は再発することなく、母乳育児も軌道に乗り始めました。

おかげさまで今は娘も5ヶ月になり、完全母乳で順調に成長しています。今でも時折胸のしこりが気になることもありますが、定期的に母乳の処置を受けているので安心感があります。そのほかにも乳児湿疹や上の子の赤ちゃん返りなど、先生に色んな育児の相談をしたり、また同じくらいの月齢のママさんたちと顔を合わす機会も多いので、たわいもないお話しをすることで日常の息抜きにもなっています。

母乳育児は栄養面でも、母親と赤ちゃんのコミュニケーションの形としても理想と言われていますが、母親の体調面(乳腺炎や乳首の炎症)、子供の成長面(体重が増えない、増えすぎる)などトラブルが多いのは事実です。自分が苦しんだ分、そういうことで悩んでいるお母さんがいたら迷わずこういった母乳外来に相談する事を勧めたいです。
まだしばらく青森にいる予定なので、母乳に関しては引き続き、またこれからの育児(離乳食や卒乳など)についても先生に相談させてもらいたいと思っています。今後とも宜しくお願い致します。

 

私の一言

 

 

 第一子の時は経験しなかったことを今回は味わうことになって、育児も大変な時期だったと思いますが、何とかクリアー出来て本当に良かったと思います。
初産の時とは違って、もう一人の子どもの面倒を見ながらですので、不安感とストレスは大変なもので、何とかそれにサポートが出来て本当にうれしいことでした。
乳腺炎の原因は、主に授乳時間と母親の食べ物と言われます。いろいろなアドバイスで
でしたが、母親も本当に良く頑張りました。今は順調に母乳育児を楽しんで居られます。

お母さんの感想文2019年7月

まつえ助産院  今月は5人目の出産で、全て混合栄養で育て、今度こそは母乳育児をしてみたいと考え、妊娠中から来院された方です。以前の経験から同様にしたくないという思いから、本当に頑張りました。参考になりますよ。

 

 

 

 

 

 私が今回松江先生の母乳外来を受診することになったのは、5人目の妊娠がきっかけです。【母乳育児】をネットで調べていくうちに自分も母乳育児をしたいと思いがますます強くなりました。
4人目までは仕事復帰が早かったのと、赤ちゃんに満足に母乳を与えることができなかったので、母乳のみで育てたかったのですが、ミルクと混合で育てていました。
私が産休に入り、松江先生に電話で問い合わせをしてみると快く、「今何か月?妊娠中に乳房の状態みるから一度受診してください」と言われすぐ受診しました。みてもらうと、乳房の状態の確認と体操を教えてくれ、何度も出産を経験していましたが今までちゃんとケアしていなかったことに気づきその日から乳房のケアやマッサージをしました
再度受診する予定でしたが、出産予定日の1か月早く個人産院で出産をしました。
赤ちゃんは2386gと小さく産まれてきました。出産前から産院に今回は絶対母乳で育てたい!!という意思を伝えていましたが、5人目ということもありベテランという扱いをされ乳房マッサージ等なく退院しました。退院後乳房が張って固くなっているのですが、母乳のマッサージや乳首のケアもしていないため赤ちゃんが吸い付くのですが、飲めていない状態でした。ミルクと母乳を混合して育児をスタートしましたが、ミルクを作る手間と乳房が張って痛い状態になり私にとってそれがストレスとなりました。
自宅で赤ちゃんとの生活が始まり1週間、自分でやれるんじゃないかと思い母乳を与えるものの、乳腺が開通してないので思ったよりも母乳の出が悪く、ミルクを足しながら子育てをしていました。
赤ちゃんに母乳をあげたい反面、開通してないおっぱいがガチガチして吸いにくく乳首も切れていてツライ。そんな時松江先生に電話をし、受診するようにお話しがあり小さな娘を連れ先生の所へ受診することになりました。
先生は診察するとすぐマッサージをしてくれ「妊娠中からのおっぱいのケアが大事なのよ」と言っているのを聞き、自分は今まで妊娠中からのケアをしてこなかったな、と後悔しました
赤ちゃんが小さかったため、1週間に1回産院で体重を計測しに行くことになり、産院では体重の増えがたりないためミルクを足してみてくださいとの指示がありましたが、松江先生に相談するとミルクを足さなくてもおっぱいが出るんだからミルクは飲ませず育てていきましょうとのこと。
私は本当に出来るのかな・・と思いましたが、松江先生のいうとおり母乳マッサージと3時間毎の授乳をやり続けました。授乳後搾乳をして不足分を足し、少しずつですが赤ちゃんもうまくのめるようになり直母のみで授乳できるようになりました。
おっぱいマッサージをしてもらうと乳栓がとれ、噴水のようにおっぱいが出るようになります。
またカチカチの乳房がやわらかくなり、赤ちゃんの口にくわえさせるとゴクゴク飲んでくれている姿をみると、母乳外来にきて良かったなぁと実感します。
先生のところへ受診してすぐは10ml~20mlくらいしか飲めなかったのですが、授乳していくうちに飲めるようになってきました。
今では1回の授乳で70g~90gも飲めるようになり、体重もどんどん増えていっているのでこれからも母乳育児を頑張っていきたいと思います。
先生のおかげで乳腺炎にもならず、母乳育児をすることができています。「食事は和食がいいのよ」というお話を聞き、和食をとるように心がけています。妊娠中は全く食べ物を気にせず好きなものを食べていましたが、赤ちゃんが産まれてからは食事を気にするようになりました。これも先生のアドバイスがあったからこそ食事内容を見直すことができました。
これまで、5人の子供を産み育ててきましたが母乳をあげることは赤ちゃんにもお母さんにもとても大切なことだと改めて思いました。
ミルクを作るというひと手間がなく、外出しているときも赤ちゃんを待たせることなく飲ませることができストレスなく授乳できています。
また、先生にも授乳に関することや赤ちゃんのことを相談できるので、不安なく育児をすることができています。母乳育児は赤ちゃんとの絆を深める時間だと気づかせてくれた先生にとても感謝しています。 ありがとうございました。

私の一言

 

 今までの経験から、今度こそは念願の「母乳育児」を! と言う気持ちから妊娠中からお出でになり、ケアをしながら出産を迎えてしまい、戸惑った様子が見えています。しかし授乳することがうまくいかず、生後8日目で来院されました。お出でになられたのが早かったせいで、赤ちゃんが哺乳瓶に慣れ過ぎず、授乳に早めに転換できたのが良かったことと思います。
赤ちゃんは哺乳瓶の飲みやすさに慣れてしまうと、中々に思うように授乳できず、抵抗されてしまいます。時間は掛かりますが、必ず続けることで赤ちゃんは変わります。後で後悔しないようにチャレンジしてほしいですね。
このケースも本当に良く頑張りました。授乳中に赤ちゃんとの触れ合いが出来ているのが、
とっても嬉しいですね。充分「母乳育児」を楽しんで下さいな。

 

 

お母さんの感想文2019年6月

まつえ助産院

 今月は、妊娠中や分娩後のアドバイスの必要性を痛感したケースです。毎回感じることですが、妊娠中は無事にお産を済ませることに関心があり、その後のことはあまり考えずに、何とかなるだろう、赤ちゃんがうまく吸ってくれるだろうと思うだけで、準備不足の状況にあります。
このケースも何とか母乳育児を実現したい希望がありながら赤ちゃんに拒否されたり、ミルクを与えることに仕方ないと思っていた日々を過ごしていました。
妊娠中でも育児の準備が必要であることを教えてくれています。

 

 

 

 

 

 妊娠前は、漠然と母乳で育てられたらいいな~と、思っていました。母乳育児についてはいいことがたくさんあると理解していたし、自分も母乳育児をして、円満な育児生活を送っていきたいな、と思っていました。自分は母乳がきちんと出るかという不安はありましたが、何とかなるだろうと思っていました。産院では、妊娠中の乳房ケアについて説明はあったものの、積極的には行っておらず、自分も36週を過ぎたころに少し、入浴中にマッサージするくらいで終わっていました。

出産後、直母のあとにミルクを足す授乳方法を指導され、初産でもあったので、必死に授乳していました。もともと片方の乳首は陥没ぎみであったため、なかなか赤ちゃんもうまく吸えず、乳首に傷がついてしまい、痛みに耐えながら授乳を行っていました。乳頭保護器を使用したりして、直母も頑張って行っていました。退院指導では、今まで通り、直母の後にミルクを追加していいと指導がありました。初めてのことで、よくわからなかったし、自宅での授乳に不安はありましたが、産院の指導通り、退院してからも直母+ミルクで授乳していました

1ヶ月健診のときに、体重の増えも十分なくらいあるので、産院の先生や助産師さんから母乳だけでもいけると思うから、日中だけでもできるときにミルク減らしていってみたらとアドバイスがありました。自分の母乳だけでいけるかもしれないと聞いたときは、嬉しくなり、よし、頑張ってみようと、次の日から日中母乳だけで授乳してみることにしました。何日かは母乳だけで満足して寝てくれたり、泣かずにいられることもありましたが、1ヶ月半くらいしたとき、急に直母を嫌がって泣くようになりました。乳首を近づけたり、授乳の体勢にするだけでも、体をのけぞらせて、ものすごい大声で泣くようになりました。自分の母乳が出ていないのかもしれないと思い、母乳にいいお茶を飲んでみたり、食べ物を食べてみたり、乳房を暖めてみたりと試行錯誤をしましたが、赤ちゃんは泣くばかりで、そのうち全く乳首を吸ってくれなくなりました。ミルクはごくごくと飲んでくれるのに、何で私の母乳は吸ってくれないのだろうとものすごく落ち込みました。授乳のたびに泣き叫ぶ赤ちゃんと一緒に大声で泣くこともありました。赤ちゃんはとっても可愛いし、大好きなのに、授乳の時間が来ると、ああ、また嫌がられるんだ、泣かれるんだ…と思い、乳首を近づけることも怖くなっていきました。自分が責められているような、嫌がられているようなそんな気持ちになり、自分の中で、授乳自態が嫌なものになっていきました。毎日、朝が来ると、気分が落ち込み、吐き気もしてきて、気持ちから身体症状にでるようにもなってきていました。いっそ、ミルクだけにした方が、赤ちゃんも、自分もいいのではないかと思っていました。

 そんな時、いつも通り、授乳時泣き叫ぶ我が子を見て、このままではいけない、どこか相談できるところはないのかとインターネットで検索し、出てきたのがこの助産院でした。
藁にも縋る気持ちで、電話し、先生が「そしたら、すぐ来て。」と言ってくれました。
助産院に初めて行った時、不安と今までの苦労を先生に話したら、「大丈夫!母乳飲んでくれるようになるよ!頑張ろう!」との言葉に、今までの張り詰めていた気持ちが溢れて、泣いてしまいました。我が子は吸綴に楽な哺乳瓶になれてしまっていたため、吸綴の大変な乳首を拒否していたのです。「赤ちゃんはね、頭いいから、楽なほうにいきたがるのよ。大人だってそうでしょう?」と先生の言葉になるほどなと納得しました。母乳マッサージで、「あなた、こんなにいいおっぱいしているし、母乳も出ているから、母乳だけでもいけるわよ」と先生に言ってもらい、自分は母乳が出ているんだと自信が自然と出てきたのを覚えています。しかし、案の定、乳首を近づけると、泣き叫び、全く乳首もくわえようとせず、1時間も格闘しましたが、結局初日は少しだけ最後にくわえるだけでした。先生から「お母さんが負けていたら、赤ちゃんは変わらないよ!お母さんが気持ちをしっかり持って頑張らないと!くわえてくれただけでも進歩だよ!」と励ましてもらい、家に帰ってからも我が子と二人で1時間格闘しました。すると、観念したのか、赤ちゃんが乳首をくわえて、少し飲んでくれるようになりました。
2日目からは、相変わらず授乳時泣くものの、少しずつ噛むこともしてくれ、16g飲むことができました。日にちが経つに連れ、わが子も少しずつ飲む量も増え、1週間くらいすると、授乳時泣がずに、おっぱいを飲んでくれるようになりました。ミルクも足さずに母乳だけでできるようになりました。自分のおっぱいを必死に飲む我が子を見ていると、どうしようもないくらい愛おしい気持ちになってまた、涙が出てきたのを覚えています。

 今では、完母で、我が子と授乳時スキンシップを楽しんでいます。あの時、何度も、ミルクにした方が楽になると思って悩んでいたけど、せっかくまだ母乳も出ているんだし、このまま母乳を減らしたくないと思い、助産院に電話し、先生に指導してもらい、母乳育児ができるようになって本当によかったと思っています。母乳管理のためには、日々の食事や生活にも気をつけなければいけないこともあり、大変だなと思うこと多いですが、我が子のためにいい母乳を飲ませたいと思うので、卒乳まで頑張って母乳育児を我が子と楽しんでいきたいと思っています。

私の一言

 

 

 文中にもあるように、今哺乳瓶が楽な乳首になっていて、くわえるだけで流れて飲みやすくなっています。赤ちゃんは一番最初に与えられた哺乳瓶の飲み方を忘れません。
母乳は、黙ってくわえていても出てきません。乳首を噛むように刺激を加えることで出てくるのです。このことは人間の最初に噛むことを知る機会なのです。それは食べ物を噛むことに繋がります。今の子ども達は、噛むことを苦手で、柔らかいものを好むと言われています。肉でも塊ではなく、ハンバーグを望むようです。それは乳児期の栄養が大きな影響を与えているようです。母乳を飲むことによって噛むことを覚え、顎が発達し将来的に永久歯が生えてきたときにきれいな歯並びになります。噛むことは生きていくための原点です。将来悩まないように、妊娠中から母乳育児を目標に掲げてほしいと思います。

このケースも悩みながら母乳育児を達成できました。本当に良く頑張ったと思います。

これからも充分赤ちゃんと楽しんでほしいですね。

お母さんの感想文2019年5月

まつえ助産院 今月は、母乳育児を楽しんだ後、おっぱいを卒乳、断乳したケースで、実行した後おっぱいの辛さが乳腺炎のようになり、来院された方です。
おっぱいをどのようにやめるようにしたらよいか、後で書きますが、とりあえずお読みください。

 

 
 

 
 

 松江先生に初めてお世話になったのは、初めての子育てで完全母乳で第1子を育てている時でした。
長女が1歳7ヶ月の時に私が筋子を食べ過ぎて、しこりと白斑のひどい乳腺炎になってしまい、松江先生のところに駆け込みました。
何を食べたのかな〜?と言い、チョコレートやケーキなどは乳腺には良くないよ!日本人ならヘルシーな和食が一番合ってるんだよ、と厳しくも優しい声掛けで励ましてくださりながら、私の痛くなったおっぱいをなるべく痛く無いように気を遣いマッサージしてくださいました。
何回か通い良くなるのですが、ついつい誘惑に負けて甘いものに手を出してしまい、また先生にお世話になるということを繰り返していましたが、それでも松江先生は責めることなく厳しくも優しく諭してくださいました。
長女のおっぱいを1歳10ヶ月でやめた時も私の暴飲暴食が原因でおっぱいの状態が良くなくて、やめてから2日くらいで高熱を伴うひどい乳腺炎になってしまいました。
その時も先生に電話をかけ的確な指示を仰ぎ、一人じゃないんだと勇気づけられたのを覚えています。

そして今は第2子で1歳になった頃から、繰り返す乳腺炎でお世話になり半年近く通い、1歳半でおっぱいをやめにしようと決めて、また長女の時のように乳腺炎になるのではないかと恐怖でしたが、今回は先生のご指導のお陰でひどい乳腺炎にはならずに済みました。
断乳した初日の夜は娘が泣いて泣いて大変なときには主人に任せて、私は一人胸の張りと戦っていました。
初日は私も断食したのでそこまで酷く胸が張ることはありませんでしたが、2日目からは普通に食べ始めるとガチガチに張ってとても痛く辛かったです。
娘もまだおっぱいが欲しいみたいで、洋服をめくって欲しがっていましたが、もうおっぱいバイバイしたよね?と言うと私のことを怒って叩いたりしましたが、5日目にもなるともうほとんど忘れてしまったのか、抱っこしてもおっぱいを求めてくることはありませんでした。2週間間後にも断乳後初めて一緒にお風呂に入りましたがもうおっぱいのことなんてすっかり忘れているかのようでした。
しかし断乳当初は娘も娘なりに一生懸命頑張っているんだなと思うと愛おしくて成長を感じました。
断乳して一週間後には少し炎症をおこしてしまい、また松江先生のところに駆け込みました。
いつもそうですがガチガチの岩みたいだったおっぱいが、ふわふわ雲のようなおっぱいに変わるので、授乳期間中は特に松江先生がいないと私は母乳育児が出来なかったなと終わってみた今になって思うところです。
断乳してから娘は少し寂しそうですが、ご飯やおやつの食べる量も増え体重も6ヶ月くらいずっと増えてなかったけど最近やっと増えてきました。
夜寝る前にはおっぱいがない寝つきなど考えられませんでしたが、今は寝る前にフォローアップミルクをあげると朝までぐっすり寝てくれるので、私も少しずつ体力が回復してきたように思います。

そしてまだこの先のことはわかりませんがもし第3子が産まれたときにはまた松江先生にお世話になろうと思っています。
その際はどうぞよろしくお願いいたします。

 

私の一言

 
 

 乳腺炎を繰り返しながら、母乳育児を継続できたことにエールを送りながら、よく頑張りましたね、と労いたいと思います。
おっぱいをやめるときには、断乳ではなく卒乳にできれば、もっと楽に過ごせたのにと思い、その準備を書きたいと思います。
おっぱいをやめるという事は、赤ちゃんが幼児に成長できる一段階です。おっぱいで守られてきた最後を、辛いのではなく楽しかった思い出にしてあげたいものです。おっぱいをもらえなくなることは自分の力で食べ物を取りに行けることが条件です。ハイハイから立ち上がり歩行を始め、少し走っても転ばない頃、1歳半前後くらい適当で、卒乳できる準備が出来ている頃です。
助産院では、卒乳時期を見定めて日程を決め、その日まではしっかり授乳して、子どもにこの日にバイバイだよと繰り返してその日に来院してもらいます。その日は父親の在宅できる日だと助かります。最後の授乳をして、バイバイ式をして、卒乳のきっかけを作り、
その後、24時間授乳しないで過ごせれば成功です。張ってくるおっぱいは少し辛いですが、冷湿布をして決して搾乳しないこと、搾乳すればまた作られるので体の中のホルモンが止まりません。その後のことは個人差がありますので、お電話で相談を受けたいと思います。
子どもの成長は、子育てをしている身としては楽しみなことです。卒乳の日に幼児に変わる、その変化を楽しみにできると思いませんか。子どもに泣かせないように工夫しながら、乗り越えましょうね。

 

お母さんの感想文2019年4月

まつえ助産院 今月はお産後の苦労したお話です。こういう経験の方もあると思いますが、
やはり準備が必要だったというケースです。参考になりますよ。

 

 

 

 

「赤ちゃんが生まれたら、母乳で育てたい」妊娠中は誰でもそう思うもの、私が選んだ病院は、個人病院のためもあり、産後の乳房マッサージ、母乳の飲ませ方など指導は全くなく、あいにく、私の乳房は陥没~扁平乳頭、ほとんど子どもが吸いついてくれず、半ば母乳は諦めていたのです。
看護師という職業でありながら、どうしてよいか分からず、昔学校で習った乳房マッサージを思い出しながらやってみましたが、陥没乳頭はそのままで、自分の思い通りに行かず、歯がゆさを感じていました。とりあえず搾乳器を使用して、飲ませていましたが、不潔にはしていないつもりですが、どうしても間接的になるので、不潔っぽく思え、1回1回絞った後の後始末も、回数が多くなるにつれて、面倒になっていました。そのためもありミルクを与えることが多くなり、「赤ちゃんが生まれたら母乳で育てたい」という考えは、だんだんと現実から離れていくような気がしました。

また、自動搾乳機を使用していたため、乳頭が急激に引っ張られ、ヒリヒリ痛むことあり、搾乳してもどこかさっぱりしない、そんな時、松江先生に出会い、陥没乳頭は治せます、そしてなるべく母乳を与えなさいという、言葉を聞いて、希望が湧いてきたような気がしました。
多少の費用は掛かるものの、母乳で育てるという事は、あるゆる意味で素晴らしいことだと思います。私は1カ月後位からマッサージをしてもらいましたが、中々ミルクは離せず、特に夜間は、赤ちゃんの鼻がぐずぐずして、なかなか吸いついてくれず、泣くことが多く、つい可愛想ですぐミルクをやって、眠らせてしまうありさまでした。しかし、こうしていては、何時まで経っても母乳には切り換えられないと思い、鼻はぐずぐずして多少無理がかかっても、口を乳頭にくっつけて、何とか少しずつ飲んでくれたようです。
そうしているうちに、ミルクよりも母乳の回数が増え、思えば、ミルクよりも母乳の方が、ミルクを作るより手間が省け、すぐ直接乳を与えることができるので、楽なような気がします。そしてマッサージの回数も増えていくにつれて、徐々に乳頭も出始め、自然と母乳量も60~70、110~120ml位に増え、赤ちゃんにとっては、充分な母乳量になってきました。
また、助産院に通うことにより、赤ちゃんの抱き方、吸わせ方、離乳食の始め方、アトピー性皮膚炎、乳腺炎のことなど、今まで漠然としか覚えていなかったこともあり、実際目の前にしながら指導してもらい、大変勉強になり、これから育児をしていかなければならない私たちにとっては、大変貴重はものとして、とらえられたと思います。
特に乳腺炎については、高カロリー食品(油もの、甘いもの)などいけないと言われていますが、自分はそんなに気にしていなかったのですが、チョコレート、おはぎなどで乳腺炎になった事でびっくりしてしまいました。まさか自分がと言う感じです。両乳房の痛み、悪寒、40度の発熱、倦怠感、など、大変苦しい思いをしました。マッサージを受けて、乳房の痛みも大分楽になりましたが、これは防げるもの、食べ物に気をつけていなかった自分を反省しています。

とにかく母乳を与えることができるという事は、素晴らしいことと思います。
母乳中の免疫物質や、栄養面からみても赤ちゃんには理想的なものだと思います。また母乳で育てることは、母と子の絆をつくる上で、大変重要だと思います。
お腹が減った赤ちゃんが、乳首をしっかりとらえて、コックン、コックンと飲んでくれる姿を見ていると、何とも言えない、愛おしさがこみ上げて来て、母乳も刺激で奥の方から湧くように勢いよく吹き出し、時々赤ちゃんがむせ込んでしまうことも結構あり、母乳が出ることにうれしさを隠しきれません。
また、安心したような顔つきで、目を閉じて飲む姿は何とも言えません。
でも赤ちゃんに母乳を授乳している時、テレビやスマホを見ていると、気のせいかもしれませんが、母乳の出が悪いような気がします。やはり母乳は、母と子がお互いに作用し合って行われる行為で、どちらか一方だけでは上手くいかないようで、人間の体の神秘さを感じます。
とにかく、これからも、母乳哺育という事を大切にして心身ともに健康で育っていくように頑張りたいと思います。
これからも、悩み事や育児につまずいた時は、助産院の先生にお世話になりたいと思います。
また、こういう助産院のあり方、役割の大切さ、一人の人間を形成するにあたっては、なくてはならない場所だと思います。これからも母乳育児の大切さを、多くの人に知ってもらうために頑張ってほしいと思います。

私の一言

 

このケースは約1カ月自宅で頑張っておられた方ですが、直接授乳をチャレンジしたいとお出でになりました。授乳方法や追加するミルク量など工夫しながら取り組んで、念願の直接授乳が出来たことに喜びを感じ、本当に良かったと思います。日々の取り組みの中で感じることのうれしさを、素直に書き記してくださいました。母乳育児は子育ての原点と言う奥深さを分かっていただけたことに、私も大変うれしいです。
充分母乳育児を楽しんで下さいね。

お母さんの感想文2019年3月

まつえ助産院  今月は、以前この実母が来院されて、赤ちゃんの時からお出でになっていて、姉妹で妊娠中から、実母と共にお出でになられました。妊娠中からの手入れをしっかりマスターされて、準備してお産に望まれました。参考になりますよ。
 

 

 

 

 

  私は妊娠中からまつえ助産院に通うことができました。
母が母乳が出なくなったときお世話になっていて、姉も通っていたので妊娠28週頃から指導を受けることができました。
松江先生は、妊娠中からのケアが大切で赤ちゃんが飲みやすいように準備をしなくちゃいけないと教えてくれました。何度か通ううちに初乳も出るようになり本当に出るのか不安だったのでとても嬉しかったです。
マッサージのほかにも陣痛がきたときの呼吸法や股関節を柔らかくするストレッチなども教えてもらい不安なく出産に挑むことができました。

 出産後母乳の出は良く看護師さんが褒めてくれたのですが、なかなか上手にあげることができず乳首はヒリヒリして痛いし、赤ちゃんも泣き止まなかったり何度も起きてしまって、こんなにも大変なのかと心が折れそうになりました。
退院後すぐ先生に電話をし、上手にあげることができないと言うと「すぐおいで」と言ってくれて飲ませ方を教えてもらいました。
しっかり乳首を赤ちゃんの舌にのせておっぱいを支えて吸わせると、ゴクゴクと吸っている感覚があり、初めて吸ってくれた!と思いとても嬉しかったです。痛くて苦痛に思っていた時間が赤ちゃんの飲んでいる姿が見られる楽しい時間に変わりました。
今ではよく飲み風邪もひかず元気に成長していて、あのとき先生が居てくれてほんとに良かったと思いました。

ほかにも貧血気味の私に食事の改善や漢方の先生を教えてくれたり、育児について気になったことなど、ちょっとしたことでも先生は親身になって応えてくれるので、とても心強く先生の所に行くとホッとする自分がいます。

 初めての母乳育児をトラブルなく続けているのは、先生の妊娠中からのアドバイスや指導のおかげです。これからも楽しく母乳育児をしていきたいと思います。

私の一言
 
 
  まさか、以前来院された実母が、孫の世代にまで連れて来てくださるとは、思いもよらず、大変うれしかったことを覚えています。
同時に2人の“孫”の顔を見せてもらえたことに、感謝しかありません。
来院された2人とも、入院中は人工栄養を飲ませたこともあったかもしれませんが、
来院以後は母乳だけで過ごせるようになりました。良く頑張ったと思います。
実母に育てられた経験をもとに、楽しく母乳育児を続けられるようにサポートできればと思っています。充分母乳育児を楽しんで下さいね。

 

 

お母さんの感想文2019年2月

まつえ助産院 今月は、過去何回もこのコラムで書いてきたことを、実際経験したというケースで,そのことが大切なことであったと認識してくださったケースです。
とても参考になりますよ!

 

 

 

 

 
 
 私は初めての妊娠、出産で、「無事に出産することしか考えていませんでした。
正直、妊娠中のおっぱいのケアや、産後に母乳で育てることなどは二の次でした。
私の通っていた産科では、特におっぱいの指導は無く、私は本屋で売っている雑誌から得た情報しかありませんでした。
そして、思いついた時にマッサージをする程度でした。まさか、出産前のケアが大事だなんて思ってもいなかったのです。
 出産後はおっぱいがパンパンに張って痛い思いをし、また乳首が扁平だったため上手に直接赤ちゃんに吸わせることが出来なく、乳頭保護器を付けて、自己流で授乳をしていました。乳首は痛く、上手く飲んでいるのかも分からず不安になり、ミルクとの混合のため授乳の時間も長くなり、頻繁に来る授乳の時間が苦痛なものになっていきました。また、母乳をいっぱい出すために、どこからか聞いた情報で、水分補給が大事だということを意識し、授乳の度に大きいコップ一杯の水を毎回飲んでいました。これが長く私を苦しめることになったのです。
ある時、おっぱいのしこりが中々取れず、乳腺炎になることを心配した私は、ネットで調べ、マンマケアまつえ助産院の存在を知り、助けを求めたのです。先生からは、おっぱいのケアは出産前がとても大事であること、今後は乳頭保護器を使わず直接赤ちゃんに母乳をあげることが出来ること、母乳育児の大切さなどを学び、これを機に授乳に対する考えを改めました。
特訓するうちに、赤ちゃんも上手におっぱいをくわえられるようになり、段々と授乳の時間も短くなっていきました。完全母乳になり、これで軌道に乗った良かった!と思った矢先、今度は母乳が出すぎてしまうという新しい悩みが出てきました。生産される母乳の量と赤ちゃんの飲む量のバランスが取れず、生産される母乳の量が多すぎて、赤ちゃんはたっぷり飲んでいるはずが、飲み切れない母乳がおっぱいに残り、いつもおっぱいは張っていました。先生からの指導で食事はもちろん気をつけ、3時間は空けず授乳をしても、中々需要と供給が合わず、不思議に思っていました。
実は、その原因は過剰な水分補給であることが判明したのです。完全母乳で軌道に乗った後も、当初からの習慣で1日何度も水分を摂取していたため、余分に母乳が生産されていたのです。食事だけではなく、水分の摂りすぎも母乳を作りすぎてしまうと分かってから、気を付けて生活していると、需要と供給のバランスが合うようになり、やっとおっぱいも落ち着いてきました。
私の場合、扁平の乳首による乳頭保護器の授乳、母乳の出が良くないためミルクとの混合生活、それから完全母乳になり、その後母乳が出すぎて困るという、その時期その時期でいろんな問題があったおっぱいでした。そして今は、赤ちゃんに一生懸命おっぱいを吸って飲んでもらうことで、私のおっぱいは救われています。
 今では、私にとって授乳とは赤ちゃんと私を繋いでくれるとても大切で愛おしい時間へと変わりました。母乳育児は、親子の絆を深める時間だと気づかせてくれた先生にとても感謝しています。ありがとうございました。

私の一言
 
 
 前文でも書きましたが、このケースでは扁平乳頭で直接授乳も難しく、産後の生活が辛かったことがよくわかります。妊娠中の手当てや産後入院中の方法など、事前に分かっていれば、回避できたことが多くあり、母親本人も納得でした。
妊娠したことで、無事出産することが目的であり、その事のみに関心が持たれますが、その後は何とかなるだろう意識があるようで、育児にこんなに苦労するとは思ってもいない、それが育児ストレスに繋がってしまうパターンが多くあるようです。
このようなことが無いように事前に準備しておくことが必要ですね。
今は、このケースも今は母乳育児を楽しんで居られます。良かったですね。