
このケースも妊娠中には何の疑問もなく、自然にお産が終わったら母乳が出るようになるだろう、小乳頭や扁平・陥没乳頭など問題はあっても、赤ちゃんは吸えるようになるだろう、と思っていたようです。後で後悔することになるのですが、妊娠中の手当てが大切と言うことも知っていただければと思います。乳房の大きさは関係なく、お産を終わった方は、必ずおっぱいが出る、それを赤ちゃんにどのように与えていくか、それには早めのアドバイスが必要なようです。

妊娠中のわたしはおっぱいなんて産んだら自然にでるものだと思っており、特に心配していませんでした。
ところが産後なかなかおっぱいが出ない。この子も飲めない。産院では「立派なおっぱいだから、すぐおっぱい出るようになる。初めは出なくてもおっぱいを吸ってもらうことが大事で赤ちゃんもだんだん上手に飲めるようになる」と言われ、とりあえずおっぱいをくわえさせていました。
入院中飲ませ方を教えてもらいましたが、この子はうまく飲めず、「赤ちゃんの口に対してママの乳首がゴロンと大きいからちょっとまだ上手に飲めないね。慣れるまで時間かかりそうだね。」と言われ、交差横抱き、横抱き、フットボール抱きと試しましたがなかなか上手くできませんでした。わたしのおっぱいが出てないのか、この子が上手く飲めてないのかわかりませんでしたが、体重が減り続け生後3日に、これ以上体重が減るのを予防するためにミルク追加して、と言われ、ミルク10mlを飲ませるようになりました。哺乳瓶でミルクを飲み始めると、ミルクはゴクゴク飲むようになり、わたしのおっぱいを吸わなくなってきました。おっぱい出なくてごめんね、ミルクのほうがゴクゴク飲めるもんね、と毎日毎日心の中で謝りました。
退院してからほぼ毎日のように産院の指導に通いました。生後13日の退院後の指導時、やはり体重増加が少なく哺乳量を調べることになりました。自分ではたくさん飲んでいるようにみえましたが哺乳量はたった4ml。わたしの赤ちゃんイメージは、寝る、お腹すいた!オムツ取り替えて!と泣くものだと思っていましたが、この子は違いました。おしっこ、うんちをしても泣きもしないでひたすら眠り続けていました。病気なんじゃないか、と不安になり産院で聞いてみると「この子はお腹がすいているけれど、起きて泣くと体力消耗するのを知っている。だからずっと寝てるんだよ。ママのおっぱいの量が停滞気味だから、この子をお腹いっぱいにするためにミルク増やそう。」と言われ、産院で指導してもらう度にどんどんミルクの量が増え、40mlになりました。
自分のおっぱいでこの子をお腹いっぱいにさせてあげられない悔しさ、おっぱいが出ない自分の身体に対する苛立ち。立派なおっぱいと言われても出ないと意味がない。こんな約立たずの飾りみたいなおっぱいなんて出ないなら必要ない。と親に八つ当たりをし、自分を責め、夜はたくさん泣きました。
先生の存在を知ったのは、生後1ヶ月を過ぎてからでした。この子を見せに勤めている会社へ行ったときのことでした。おっぱいでなくて悩んでる。と言うと、まつえ先生を教えてくれました。わたし自身、仕事復帰するから1歳頃に預けるし、混合でいいや。と思う気持ちが半分。母乳で育てたいという気持ちも半分でした。
まつえ先生に今更電話したって、生まれてもう1ヶ月半も経ってるし、母乳だけで育てるなんて無理でしょ、と思いながら、電話をしました。電話をすると先生は「出るようになる。まだ間に合う。明日おいで!」と。電話をする前までは、毎日おっぱいはいつでるんだろう?この子はちゃんと飲めてるのかな?今はどのくらいおっぱい飲めたのかな?体重いつ増えるんだろう?ミルクの量増やしたほうがいいのかな?と考えれば考える程、気持ちがどんどんマイナスになっていましたが、先生の一言で、よーし!明日まで頑張れば、この先生がなんとかしてくれるんだ!!と思うと気持ちがすごく楽になり目の前がパッと明るくなったような気がしました。
先生に最初に言われた言葉「まぁ、立派なおっぱい。こんな立派なおっぱいなんだから。えー、なんでミルクあげてるの?ミルクあげてるのが信じられない。これは母乳だけでいける。今日から一緒に頑張ろう」でした。『立派なおっぱい』産院でも言われた。まつえ先生も同じこと言ったけれど、わたしのおっぱい、ちっとも出ない約立たずの飾りだし。と半信半疑でした。マッサージをしてもらうと、ピューピューと出るおっぱい。あぁ…ピューピュー出てるおっぱい、勿体ない。この子に飲ませると1ml以上になるかもしれないのに……と思いながらも自分の目で初めておっぱいが出てると実感しました。
初日の哺乳量は8ml。少な……。ほら、やっぱり出てないし、飲めない。それから先生におっぱいの飲ませ方を教えてもらい、搾乳の方法も指導して下さいました。そこで、この子はおっぱいを吸うではなく噛むと出る。を覚えました。まつえ先生のところへ通い、だんだん飲めるようになり搾乳も不要になりました。哺乳量は20、30、40と、どんどん増えていきました。今までは、目を閉じ眠りながらもおっぱいを必死で吸っていたこの子が、お腹いっぱいになると自らおっぱいを離すようになりました。
先生のところへ行くたびに哺乳量が増えていき、ゴクゴクと喉をならし一生懸命おっぱいを飲むこの子の姿がとても嬉しく思えました。
通い始めてからこの子の頬の湿疹が気になり先生へ相談すると、わたしの食事が原因でした。食べたものが母乳になる、それまで全く気にしないで好きな物を食べていたわたし。わたし自身食物アレルギーがあり、旦那も肌が弱くまけるとすぐ湿疹が出る体質な為、この子にもアレルギー体質がうつる可能性がある、と。小学校にあがったらみんなと同じ給食を食べられないのではないかと不安になりました。
乳製品、小麦が原因でこの子の頬、首周り、お腹には湿疹が出ていました。いままで全く気にしないで食べていた食事ですが、卵、小麦、大豆、乳製品と気にするようになりました。食事を気を付けると、湿疹は少なくなっていきました。
いまはおっぱいが出るようになり心のモヤモヤがなくなり、食事も以前より気をつけるようになりました。
初めての育児で悩み、不安なことがたくさんあります。でも先生のところへ行き、先生の顔をみるとなんとなく落ち着く自分がいます。悩んでいるのは、自分だけじゃない。いろんな悩みを持って来院しているママ達と出会えました。そのママ達から自分はこうだった、などの経験や情報を教えてもらうことも出来ました。ここに来る前は、参考にするのは育児本か、インターネットの情報でした。その育児本やネット情報をみて自分の子はまだこれも出来てないからダメなんだ。こうしなければいけない!と悩む日々でしたが育児本、インターネットの情報、それよりもいいアドバイスをくれるまつえ先生や先輩ママ。先生には、母乳育児の大切さを教えてもらいました。1歳前後でこの子との授乳は終わってしまいます。残りの数ヶ月、この子とわたしのラブラブタイムである授乳を楽しみたいと思います。
先生、ありがとうございました。そして、これからもお世話になります。

現在、ネット社会・育児本で育児情報が溢れています。悩んで探すのですが、どの情報が我が子に合うのか迷ってしまいます。このケースも悩んで自分を責め、泣いた時期もあったようですが、この経験から早めの取り組みが必要でしたね。母親が変わると赤ちゃんも不安が無くなり、以心伝心、毎日が落ち着きますよ。
このケースも良く頑張りました。今は母乳育児を楽しんで居られます。
本当に良かった!良かったです!

今月は母乳育児の楽しさを実感できたケースです。
誰でも経験できることなのですが、妊娠中から知識を得ていると、
出産後も悩んだら早めに取り組むと、後悔しなくて済みますよ。参考にしてくださいな。

子どもが「コックン、コックン」と喉を鳴らして飲んでいたので、これはいっぱい母乳が出ているんだな、と思っていました。しかし何となく不安になって、
友人から聞いていたマンマケアまつえ助産院に出向き、飲む前と飲んだ後の体重を計ってみて、ビックリ、!! たったの20gしか出ていませんでした。その時はすごくショックでした。
早速先生にお世話になり、マッサージに通い始めました。
そうしているうちに、おっぱいのしこりも徐々に良くなってきました。マッサージの後に飲ませるとおっぱいがフッと楽になり子どもも親も満足しています。
それまでは、授乳の時間になると、まずおっぱいを飲ませてから、ミルクを追加したり、何かあった時にミルク(哺乳瓶)に慣れさせておきたい、なんてバカなことを考えていました。
やっぱり自分で産んだ子どもとは、どんな時も一緒じゃないと・・・。今では深く反省しています。
おっぱいを子どもに飲ませている時、自分は本当にお母さんになったんだなぁーと実感します。目と目で見つめ合ったり、お話ししながら飲ませたり、授乳の時間が楽しい毎日です。
また、母乳だけでここまでこそ藻が成長してきたんだ・・・と思うと、何か誇らしい気持ちにさえなってきます。
ここまで私の考えが変わったのも先生のお蔭だと思って感謝しています。
ありがとうございました。これからもずっと母乳で育てていきます。

哺乳動物は、原則的に我が子を胸から離しません。猿の世界は顕著ですが、その状態を見ると、人間社会は学ぶことが多いと感じます。
まず、お母さんとの関係から築き、父親やその周囲に目を向けるようになるのは、1歳~1歳半前後、それまでは人見知りを繰り返し、母親を求めます。
折角その時間があるのだから母乳育児を継続し、赤ちゃんとの関係作りを完成させてほしいのです。それがその後の子どもの発達・成長に大きな影響があります。
親との信頼関係は基本的な人間の始まりです。今悩んでいる方も挑戦してみましょう。
今月は一人目の時からの母親で、2人目の出産で里帰り、その経験談を書いてくださいました。一人目の経験からいろいろなことを乗り越えて、今は順調に母乳育児を楽しんで居られます。いろいろ勉強になりますよ。

二度目の里帰り出産で入院中、経産婦ということもあってか産院ではほとんど授乳指導はありませんでした。
前回の出産で先生のところにお世話になるまで、長男と一緒に泣きながら授乳していた私は、当時教えてもらったことを思い出しながら、久々の授乳に四苦八苦していました。入院3日目で助産師さんに「これならおっぱいだけで大丈夫よ」と言われたとき、長男の時にちゃんと教えてもらっておいてよかったとほっとしたのでした。
ところが安心したのもつかの間、次男が突然左の乳首しか吸わなくなり、右の乳房がみるみるうちにガチガチになってしまいました。自力でできそうなことはあれこれしてみましたがなかなか解消せず、このまま乳腺炎なんて絶対イヤだと先生のところにお電話したのが、退院から一週間後のことでした。
久々に先生のところに行って言われたのが「おっぱいが詰まって固いから吸わないのよ」という一言。マッサージを受けたあとで次男に飲ませると、先生にも「飲みすぎ!」と言われるほど飲んでいました。長男の時は、母乳が出ていなかったのもそうですが、本人がなかなか飲めず、初めは一桁台を連発していたので、兄弟でもここまで違うかと衝撃でした。そして飲みにくいおっぱいでごめんよ、と心の中で次男に謝っていました。
詰まりの原因については、私の食生活もさることながら、長男の卒乳時のケアをしなかったことも影響していたようです。
長男が1才半でなんの前触れもなく卒乳してから丸2年以上。その間ほとんど放ったらかし状態だったために、奥の方に残ってしまっていた母乳が詰まりの一因になっていたそうです。そんなの知らなかった!とこれまた衝撃でした。
長男の時、自宅に戻ったあとも大きなトラブルなく母乳育児ができていた私は、その後母乳外来に定期的にかかることもなかったため、誰にも「卒乳ケアをちゃんとしないと、第2子の時に困るよ!」ということを教えて貰えていなかったのでした。里帰り出産でなかったら、先生に相談してケアしてもらえたはずなのにと思うと、本当に悔やまれてなりません。
結局、久々にお電話してから自宅に戻るまで、一月半ほど通いました。
次男は黙っていてもグイグイ飲むので、情けないことに完全に私の乳腺の詰まりを取るためだけの通院でした。途中、何度か油断して詰まらせかけましたが、そのうち授乳の間隔が安定してくると授乳前の乳房の張りも和らいできました。自宅に帰る頃には、次男は生後1ヶ月半には見えないくらいの体格になり、最終的には片方2分ずつが基本の授乳時間になるほどになりました。きっとそのうち長男を追い越すことでしょう。
今回のトラブルが起こったときにあまり焦らずにすんだのは、前回の経験から「もし困ったことがあっても先生に相談すれば大丈夫!」というのが頭にあったことが大きいと思います。
もちろん、困らないように準備するのが一番だとは思いますが、すぐに頼れる専門家がいるという安心感は何物にも代えがたいものでした。
先生には、長男に続いて今回も大変お世話になりました。
自宅に戻ってからは、これ以上のトラブルがないように食生活に気を付け、思った以上に発見の多い2人目育児を楽しみたいと思います。
本当にどうもありがとうございました。

良く聞く話で、一人目の時は母乳育児で育てたのに、2人目の時はおっぱいが出なかった、と聞くことがあります。機会が無ければ仕方がないことですが、1人目の卒乳の時に残っている残乳をそのままにしていれば、次回の時にお乳の管の中に詰まっていることになります。それが邪魔をして中々スムーズに乳汁が出ないことになるようです。また、後程乳腺の部分が痛みを感じたり、乳がんの心配をする方もおられます。
おっぱいのケアはそんなに一般的ではないのですが、何時も来院される母親達には、次回のお産のために、卒乳の後はきちんと残乳を処理しておくこと、後、お産をしないとすれば一生残ることになるので、その後の心配の原因を取り除こう、と言っております。
何時も書いていますが、育児を楽しいものにしなければ、日々辛さだけが残ります。母親自身の健康を大切にして、充分育児を楽しんでいただきたいものです。
このケースもアドバイスを良く聞いて、今はリズムカルに母乳育児をしているようです。また帰省されたときにお会いできるのが楽しみですね。
今月は第3子の時のトラブルで、乳腺炎の症状があらわれ、ようや来院された方です。おっぱいの卒業までケアさせてもらいました。良く経験されることが多いのですが。予防できればいいですね。参考になりますよ。

娘が1歳2ヶ月の時「乳腺炎」になり、初めてお世話になりました。
3人目ということで、あまり食事にも気を使わなくなり油断をしていたら、おっぱいにしこりができ、乳首にも白斑ができてしまいました。痛みに耐えながら授乳を続け、2週間ほどでようやく白斑はなくなりましたが、しこりはまだ残っていました。
数日後、急に体がだるくなり熱も出たので、季節柄まずインフルエンザを疑いましたが、おっぱいのしこり部分が赤く腫れて痛みが強くなったためすぐに乳腺炎だとわかりました。
まず、出産した産婦人科に電話をしましたが、母乳外来はやっておらず、次に、乳腺外来のある病院に電話をしましたが、予約が必要なため、早くても数日後になるとのことで、すぐには診てもらえませんでした。
インターネットで調べてようやくたどり着いたのが、まつえ助産院でした。電話をしたら、「すぐに来て下さい。」と言って頂き、すぐにマッサージを受けることができました。しこり部分のマッサージはかなりの痛さでしたが、3回ほど通ううちに、とても楽になりました。食事の指導もして頂き、自分の食生活を見直すことができました。先生の指導を受けてからは、おっぱいトラブルはなくなりました。
1歳半での卒乳を考えていたため、卒乳の相談にも乗って頂きました。おっぱい大好きな娘が卒乳できるか心配でしたが、「卒乳式」をしてもらい、3日ほどは夜中に何度か起きて泣きましたが、抱っこするとすぐに落ち着いてまた寝てくれたため、無事に卒乳することができました。
子どもは3人と決めており、卒乳後はおっぱいのケアをきちんとしたいと以前から考えていたので、最後まで先生のケアを受けることができ安心しています。
1人目は、おっぱいの出が悪く乳首も傷ついたりしたためミルク中心の混合、2人目は完全母乳でしたが、3人目を妊娠し、強制的に断乳したりと、どちらも最後まで納得のできる母乳育児ができたとは正直言えません。もっと早く先生に出会って相談したり指導を受けていたら、きっと楽しい母乳育児ができていたのではないかと思うと、少し悔やまれます。
短い期間ではありましたが、母乳育児の大切さ、楽しさを教えて頂き、また卒乳式をしたことで、私なりに母乳育児をやり遂げたという達成感を味わうことができました。先生に出会えたことを、本当に感謝しています。

母乳育児を続けている方が何らかの軽いおっぱいの張り過ぎを経験されていると思います。
なぜ張り過ぎになるのか、痛みを伴うようになるのか、発熱があるのか、を書きたいと思います。おっぱいは母親の身体の中を流れている主に血液等から作られています。血液は母親が食べた食事から栄養を取って全身を巡ります。その一部がおっぱいになるのですが、母親が食べ過ぎや飲み過ぎで張り過ぎになり易いのです。またおっぱいは母親の脳によって指示され、3時間のリズムで作られるので、時間を置きすぎるとおっぱいの限界を超えて、痛みを伴いますし、乳腺炎になり易いのです。その部分が痛みを伴うと中で炎症を起こし、発熱に繋がります。
発熱は40度を超えることもあり辛いことになります。炎症を起こした乳汁を出すと、緑に近い色をしたおっぱいが排出され解熱します。
来院されたこの方に聞くと、シュークリームが原因だったようですが、その後は大丈夫だったようですね。どうやらカロリーが高いものがおっぱいには負担になるのでしょう。このケースもこの経験で生かして、またおっぱいの卒業までケアさせていただきました。楽しい母乳生活と言っていただき、良かったと心から思っています。・
今月は、初めての出産で、心配する家族のアドバイスで振り回されるような状況になってしまい、赤ちゃんも母親も先が見えないような表情で来院されたケースです。
お世話になる家族とのストレスは、母親には大きな影響を与えます。ご家族を含めて参考になると思います。

私がまつえ先生にお電話しようと思ったのは、みるみる太り、毎晩唸りお腹をぱんぱんにする息子と数日に一度衝突してしまう祖母が理由でした。産前より実家に里帰りし、産後も私の祖母が毎日のようにつきっきりで私の産後のケアから子供の世話をしてくれ、側から見れば本当に恵まれ、幸せなことだと思います。
昔から祖母は自分のこども、そして私と二世代に渡り、世話をしてくれました。私が大きく育つ事が出来たのは、祖母のおかげ。そう頭では分かっていても、毎日続く駄目出し、昔はこうやったから、といった子育ての仕方、泣くたびにおっぱいが足りてないから、ミルクを足そう、といった周りからの声。息子を抱く回数も、私自身が減ってしまい、誰のこどもなんだろう、本当に私育児しているのかなと自信は一気に急落していきました。また、追い討ちをかけるように、一ヶ月検診で子どもの体重は1.5キロ増し、先生のところにお電話した二ヶ月弱の時には出生体重の2倍以上はありました。重ねて、夜中はずっと泣き、唸り、私たちは寝不足になるといった悪循環。おっぱいが足りていないといった自信の無さ、さらにはもうミルクにしてしまえ!といった言葉に、私は限界を迎え、毎晩泣きながら過ごし、インターネットに助けを求めるように調べていたところ、まつえ先生のところに駆け込んでいました。
初めて先生のところに行った時、「おっぱいだけでやりたいんだよね?大丈夫!頑張ろう!」と、励ましの言葉に加え、「確かに太っているけど、おっぱいで頑張ったらスマートになるから大丈夫!」といった言葉を言っていただき、ただただ驚きでした。初日から母と祖母がついて来てくれ、先生は全てを見通してくださったようにマッサージをしながら、「あなたは、本当によく頑張ったね。よくあることなのよ」と祖母の方を見ながら、そっと言ってくださいました。昔と今の育児の仕方が違うところ、おっぱいの大切さを祖母に分かりやすく伝えてくださり、否定するのではなく、昔はこうだったわよねなんて、笑いながら話してくださり、祖母の心にも溶け込むように入っていったんだと思います。また、育児に関する本も紹介してくださり、祖母はそれを少しずつながら、目を通してくれていました。
それからです。お互いに笑う事が増え、子どもも嘘のように夜苦しく唸ることもなくなり、寝る時間は増えていきました。先生の授乳方法を実践したこともあり、少しずつ変わっていくことが自分でも分かるようになり、私自身優しい気持ちが芽生え始めていました。同時におっぱいへの自信もつき、祖母へ出産してから、初めてありがとうと、心の底から思えるようになりました。心は子どもにも伝わっていたんだと思います。祖母と私の関係に、子ども自身が安心出来たんでしょう。本当にまつえ先生には、心まで豊かにしていただきました。
育児をする立場になって初めて分かる、大変さ。今と昔のやり方は多少違えど、子どもを大切に育てていきたい気持ちは一緒なんだなと。
里帰りは終わり、自分一人での育児が始まる事に不安ですが、青森には一番の助っ人の祖母が居る、そしてなによりまつえ先生が居てくださる、そう思って育児を楽しんでいきます。まつえ先生、本当にありがとうございました。

新生児訪問や家庭訪問でいつも感じていたことですが、実家に帰って産後のお世話を戴いた時に、祖母や実母の存在が母親を悩ませます。可愛い孫への愛情から、先輩として間違わないようにという親心からの行為なのですが、それは母親の気持ちを傷つけストレスになってしまいます。このケースも同様でした。
祖母の時代、実母の時代との違いは歴然で、その違いを理解していない場合は、若い母親と摩擦が起こり、ついには実家から逃避と言うことになってしまうのです。
このケースもその状態に置かれてり、来院した祖母、実母に“孫育て講座”で使用している“じいじ・ばあば、パパ・ママに贈る 楽しい子育て・孫育て”を読んでもらうことにしました。これは青森県助産師会で薦めている本ですが、昔と現在の育児の違いやあり方を示唆している本です。この母親も落ち着いて育児できる状況になったことが本当に良かったと思います。今後も楽しい母乳育児を続けてくださいな。
このケースは、残念ながら希望する母乳育児を実現出来なかったケースで、現在妊娠中の方も、また、授乳に悪戦苦闘している方も参考になると思います。

私がまつえ先生のお世話になるきっかけは子供の夜泣きでした。
生後は多かれ少なかれ夜泣きはするものだし、なんとかなるだろうとお腹にいる時から思っていました。しかし、思った以上に夜泣きがひどく、その上母乳も少しは出たのですが、上手に吸わせてあげる事も出来ずに途中で諦めてしまいました。
泣き止ます方法もわからず、実家の母と毎日悩み、とりあえず泣いたらミルクを与えていました。気がつけば子供もプクプクになり、どうしていいかわからない日々でした。
そんな時にまつえ先生の事を知り、母とまつえ先生の所に行ってみる事にしました。私は早い段階で母乳を諦めてしまったので、先生に「もう少し早く会えたらね。」と言われて本当に悔やみました。でも先生の「やらなくて後悔するより、やれるだけのことをやってみよう。」という言葉に励まされました。
おっぱいマッサージ、食事の改善、身体を冷やさないために漢方薬の服用や入浴、母乳が出なくても吸わせて親子のスキンシップなどをしました。先生、両親、旦那の協力を得て一生懸命取り組みました。残念ながら母乳を出すことはほとんど出来ませんでした。母乳は出なかったですが、娘が乳首を吸ってくれた時は泣くほど嬉しかったです。
私は先生から母乳以外にもたくさんの事を学ばせて頂きました。先生の指導のおかげもあり、娘も今では標準体重になりました。あの時先生にお会いしていなかったら、娘も肥満になり私も自分を責めて後悔する日々だったと思います。本当に先生のおかげです。ありがとうございました。

私が出会ったのは生後2か月過ぎ、母乳はほとんど出ず数滴位、ミルク100%で体重も多く、赤ちゃんも辛くて泣き続く状態だったのかもしれません。母親も出来る限り頑張ったのですが、母乳を作るホルモンの再生の兆しはなく、母親は辛かったと思います。その反省も含めて感想を書いていただきました。書きにくいことだったので、母親には負担をかけてしまいましたが、気持ちよく協力してくださいました。
心から感謝しています。
母乳育児をあきらめる方たちには、共通点があります。妊娠中はお産にのみ関心が高く、その後に関しては、“自然におっぱいは出てくるだろう、おっぱいもきちんと授乳できるだろう、と思っている方が多いようです。しかし扁平乳頭や陥没乳頭の方は、お産の後自然に乳頭が出てくるわけでなく、赤ちゃんが吸えない、母親も抱き方や銃乳方法もしっかり知らない、病院で指導してくれるだろうという期待を持っているようです。しかし病院も産後の母親全部に手をかけてくれる時間もなく、母親の努力に期待しているのです。やはり妊娠中の知識が必要なようで、その期間に準備が大切だという事もわかると思います。
現在、出産後母乳育児を望んでいながら、ミルクを与えている方も、母乳100%にチャレンジできますので早めにご相談していただければ、と心から思います。
赤ちゃんには母乳が一番必要で大切な物です。母親しかできないことなので、健康な赤ちゃんに育てるためにも準備を怠りなく頑張りましょう。

今回は高齢出産・帝王切開と経験され、望んでいた母乳育児を産後1カ月で
実行できたケースです。
母親の心理面も含めて書いてくださった感想文で、現在妊娠中の方にも参考になりますよ。

私のおっぱい戦争
「自分のおっぱいを信じなさい」まつえ先生の何度もそういわれました。中々自分のおっぱいを信じられませんでした。
高齢出産でありながらも 妊娠中は軽かったつわりに始まり、特にトラブルもなく予定日まで来ました。妹の産前産後の世話まででき、充実感溢れるマタニティライフだったのです。
さあー、いつ出てきてもいいよー。待てど暮らせどベビーは出てくれる気配がありませんでした。
予定日より1週間過ぎて入院、薬を飲むと、その日の夜には陣痛がきました。
ゆっくりとではありましたが、じわじわとお産が進み、子宮口も10㎝まで開いたのに、ベビーが後ろを向いてくれません。2日間も陣痛に苦しんだ挙句、回旋異常、分娩停止という事で、帝王切開になってしまいました。
生まれた喜びもつかの間、ベットに寝たきりで、少しの時間しかベビーを抱けない、おっぱいもあげられないのはひどく哀しく「ごめんね、ちゃんと産んであげられなくて・・、おっぱいあげられなくて・・」マタニティブルーも手伝ってか随分落ち込みました。
その後授乳が始まりましたが、出ないおっぱいを必死で吸いつき、体重を量っても2g、4gと情けない数値が並び、「ごめんね」という思いが募りました。
そもそもおっぱいに関しては、最初から不安でした。それでなくても乳首があまり出ていないおっぱいだったのに、病院では一度も見てくれなかったし、マッサージの指導もほとんどありません。テキストに従ってやっていましたが、程度が分からず、お腹に影響あるかもと思えば怖いし、適当にしかできませんでした。
おっぱいは何時も足りなさそうでしたが、昼間はあまりミルクをあげず、泣いたらおっぱいを吸わせるようにと、アドバイスをしてくれた助産師さんもいました。やみくもにおっぱいを吸わせているうちに、乳首に水泡ができて吸わせるたびに痛くなってきます。それでも退院の頃には40g飲んだこともあり、ベビーに「一緒に頑張ろうね!」と言いながら自分の心をも奮い立たせておりました。
よく退院した2日後、以前から聞いたことがあるまつえ助産院に初めて電話をして、アドバイスを受けることにしました。マッサージを受けても飲めた量は30gくらいしかありません。「泣いたらとにかくおっぱい作戦!」で1日17回、搾乳もあります。授乳と搾乳で1日が終わるような気がしました。
乳首は吸われるたびに痛くて、一体こんな状態がいつまで続くのか、私の年齢が高いからダメなの? 帝王切開だったから?―その後も自分のおっぱいが信じられませんでした。
痛い思いをしておっぱいを吸わせても、足りなくていつも不機嫌そうな表情をしているベビーの顔は、「ミルクで良いからちょうだい、お腹すいたよう!」と訴えているように見えて切なく感じました。
「母乳で育てたい」という思いは私のエゴで、それに振り回されているベビーが可哀想じゃないか、こんな飢餓にさらされて性格が、ゆがむんじゃないか、そんな思いをまつえ先生にぶつけて泣いたこともあります。一体誰のための母乳だ、ベビーと格闘しているというより、おっぱいと闘っているような感じでした。
「それでもやっぱり、母乳で育てた方が良いんです。自分のおっぱいを信じなさい」というまつえ先生の信念は挫けそうになる私をいつも励ましてくれました。
そして1か月健診に出かけた生後32日目、初めて“ミルク0”にすることができました。そしてその頃より乳首の痛みも楽になり、嬉しいというよりも呆然とした、という方が当たっているかもしれません。
まつえ先生に「おめでとう! がんばったね」と拍手をされて、初めてジ~ンときたのでした。
母乳だけになって、1カ月が過ぎました。ベビーは左右のおっぱいを3分吸っただけで、「もう、いらない」と言うように乳首を押し返してくるようになりま やっとのことで、ベビーのお腹と私のおっぱいの需要と供給のバランスがとれてきた様です。今では授乳するのが楽しみで・・。いつかは卒乳するんだなーと寂しい気さえします。
後になって思えば、本当に辛かったのは、母乳になるまでのたった1カ月間だったのに、見通しが持てないというのは苦しいものです。見通しが持てるようになって、自分のおっぱいを信頼できるようになって、やっと楽になったのです。
ベビーも私も・・・。
仕事柄、相談される立場の私の今までの来し方を、じっくり考えさせられた、妊娠・出産・育児でした。
これからもベビーと一緒にゆっくりとですが、成長していきたいと思います。

産後10日前後に来院された方ですが、乳頭の亀裂と母乳不足でアドバイスを求めて来院された方です。産後1カ月間の辛さや悩みを文章に残してくださいました。大変な思いをされたようですが。アドバイスをしっかり実行し、産後1か月で見通しが持てたことは良く頑張った結果です。
本当に良かったですね。これからの母乳育児を充分楽しんで下さいね。
今月はお産後、退院するまでに授乳方法や対応の仕方をマスターできずに退院し、帰宅後望む母乳育児をできなかったケースです。辛い日々を過ごしネットで検索して助産院へたどり着いた方でした。参考にしてくださいね。

私がまつえ助産院にお世話になり始めたのは、娘を出産して2週間たった頃でした。退院するまでに看護師さんに母乳の飲ませ方を何度も教わりましたが上手くいかず、どうしようもなくなりネットでホームページにたどり着き、泣きながら電話したのがこちらに通うようになったきっかけです。
母乳はそれなりに出ていたのですが、飲ませる姿勢が悪いのと乳首の加え方が浅いのとで哺乳量はほんのわずかで、娘の体重もなかなか増えませんでした。
様々な抱き方でやってみても、授乳クッションを購入してやってみてもまったくダメでした。
体重の増え方が少なく、入院中も退院してからも不安で眠れず、ひたすら携帯で母乳育児について調べていました。
搾乳とミルクを足しての産後2週間の体重チェックはクリアするも、変わらずおっぱいから直接飲む量は増えていませんでした。
母乳が出ているのに飲ませてあげられないことが悔しいのとこれからの不安に襲われました。
娘が泣くとき全ておっぱいが足りなくて泣いているんじゃないかと思い授乳の時間が憂鬱でした。母乳を吸わせて、そのあと搾乳しているとあっという間に次の授乳時間になるという繰り返しで、満足に飲ませてあげられないという申し訳なさで毎日泣いていました。
我が子は可愛いのですが、不安が大きく楽しい育児は考えられませんでした。
そんな中で先生の所へ通うことになり、飲ませる姿勢、咥えさせ方を教わるようになりました。乳管も完全に通っておらず、先生のマッサージで少しずつ開通してもらいました。先生から「あなたのおっぱいは母乳だけでいけるよ!ミルクは必要ないから。」と言われました。
嬉しいのですが、最初のうちは信じられず自信が持てませんでした。
哺乳量ははじめのうちは左右5分ずつで一桁台が続きました。それを3回やってもまだまだ必要量に足りません。最初先生が横にいて咥えさせてもらうといつもより多く飲めましたが、実際に自宅で授乳するときは全く吸われている感じがありませんでした。
搾乳した母乳を飲ませる哺乳瓶の乳首も、固めのものに変えて訓練してもらいました。これまでの飲み易い乳首のものと比べ、飲み終わるまでにだいぶ時間がかかりました。
娘は飲んでいる途中で寝てしまう事が多く、やっぱりダメなのかなと挫けそうになったこともありました。
それでも同じような悩みを持つお母さんと赤ちゃんに会えたことや、マンマケアに通うたびに「頑張ろうね」と帰り際に先生が言ってくださることが励みになりました。
里帰り中で通うのには車で片道1時間程度かかりましたが、それでも通っていると精神的に安定してくる感覚があったので長距離は苦になりませんでした。
何回か通ううちに、吸われている感覚がわかってきたり、姿勢もしっくりくるようになりました。徐々にミルクを足さなくなり、搾乳も必要なくなるくらいの量を直接飲んでくれるようになりました。
左右5分×3回だったのが、2回、1回と減っていき、今は左右4分ずつで十分になっていきました。
娘が目を合わせてコクコクと母乳を飲んでくれている姿がとても嬉しかったです。
母乳を欲しがる娘の仕草が愛おしく感じます。
今は順調に体重も増えていき、授乳時間は娘とのスキンシップの大切な時間となっています。
母乳育児でこんなに悩むとは思っていませんでしたが、まつえ助産院に通うことで母乳育児の大切さを知ることが出来たので本当に良かったと思っています。
励まして指導して下さった先生方と、産後間もない私に毎回付き添って通ってくれた母にはとても感謝しています。
今後もお世話なります。 よろしくお願いします。

入院中に赤ちゃんに対する対応の仕方や、授乳方法をマスターできるまで病産院で指導してくださることが必要なことなのですが、お産後の母親に全員見てあげることが難しく、退院してからの母親は悩むことが多いようです。
このケースもその辛さからネットで検索してたどり着いたようです。
実家からの通院でしたので、お母さまの援助が大きかったですね。
今は望む母乳育児を実現し、安心して楽しい子育てを実感した日々を過ごしておられるようです。良く頑張りましたね。そのお手伝いができた私はとてもうれしいです。
今月は、出産した友人の見舞いに出かけ、授乳風景を見た時、自分の乳首が扁平と気づき、妊娠中の手当てが必要と感じてお出でになられた方です。
母乳育児を望まれ、準備が必要といつも感じていたようで、積極的に来院されました。ご参考になると思います。

まつえ先生に初めて会ったとき、私の乳首は長さが3㎜程しかなく“扁平”と言ってもいい位のものでした。“おっぱいマッサージだけで大丈夫かな?”と思っていた時だったので、早い時期(妊娠22週の時)に会うことができ、また、指導が受けられたことはとても幸運でした。
その時から乳首を圧迫しないよう器具をつけるようになったのですが、慣れるまで大変でした。何か気になりずれていないか、どうなっているのか、気になり時々覗いて見ていました。
寝ているとき以外はほとんど外すことがなかったので、次第に慣れてきたのですが、最後まで体の一部にはなりませんでした。でも器具と先生の指導のお蔭で、
3㎜だった乳首が1.3㎜になりその効果には驚きました。
妊娠中はお腹が張りやすく、十分なおっぱいのマッサージができませんでしたが、先生が居てくれたので、母乳で育てられるという安心感を持って出産に望むことができました。
その思い通りに、お産の後にも初乳の出もよく、子どももしっかりと吸いついてくれています。ゴクゴクと音を立てておっぱいを飲んでいる我が子を見られることを、とても幸せに感じています。
今は、おっぱいが出過ぎなうえにおっぱいの奥に堅いところがあり、私自身のカロリーの摂り過ぎを注意されています。
それと同時に、子どもの体重増加が急なのが気になります。折角出ている母乳をこれからも飲ませ続けたいので、食生活に気をつけ、出来るだけトラブルを起こさないようにとは思っています。もし何かあっても先生の存在を知っているという事がとても心強く、安心して母乳育児を続けていくことができそうです。
長い間いろいろありがとうございました。
そしてこれからも頼りにしていますので、ご指導のほどよろしくお願いいたします。

扁平乳頭や陥没乳頭は、お産が終わったら自然に乳首が出てきて、おっぱいが出てくる、そして赤ちゃんが吸ってくれるだろう、と漠然と思っている方が多いようです。
お産を終わり赤ちゃんに授乳をしようと思っても、赤ちゃんは哺乳瓶の長い乳頭に慣れてしまっていることが多く、母親の乳首は短い場合はなめるだけで噛んでくれません。最低1㎝の長さが必要です。
このケースは友人の状況を見て気づき、手当てで長くなり、自分で出来るマッサージで成功した事例です。やはり気づきが大事ですね。
今は母乳育児を充分楽しんでいる様子が目に浮かぶようです。
本当に良かったですね。

今月は以前にも書いていますが、お産を終わってから母乳育児を望んで来院される方が多いのですが、このケースは妊娠中からお出でになり、目的を達した方です。
陥没乳頭や扁平乳頭の方はもちろん、妊娠中からの手当てがどれだけ大切か教えてくれます。参考になりますよ。

私がマンマケアまつえ助産院に行ったきっかけは母のススメが始まりでした。
妊娠中、周りから母乳育児が良いと聞き母乳育児で育てたいという気持ちが強くあったのですが、出産が近づくにつれ胸の変化が特になく、母乳が出るか不安になり悩んでいました。母に相談した所、「松江先生の所に行けばいいよ!」と勧めてもらいました。母自身、私を産んだ時に母乳が出なくなり、ケアをしてもらいお世話になった所がまつえ助産院だったそうです。
不安な気持ちのまま、妊婦の30週頃に松江先生の所に行きました。心配していたとおり母乳が出る乳頭の表面がつまっており、開通させて初乳が出るように自分でできるマッサージ法やケアの方法を教えてもらいました。初めて初乳が出た時は不思議な感覚と、出ないのではないかと不安になっていたので嬉しかったです。「ケアをしていくうちにつまりも少なくなるし、開通部分も増えていくから大丈夫だよ」と言っていただきとても安心出来たのを覚えています。
おっぱいのケアだけでなく、妊婦の時赤ちゃんに栄養のある食べ物や食事管理などを教えていただきました。私と旦那が両方とも肌アレルギー体質であったため食事の取り方は勉強にもなりました。自分でできるおっぱいマッサージや陣痛がきた時の呼吸方など出産に向けてのアドバイスをもらい、妊婦中の些細な心配事も気軽に聞けたので、強い気持ちで出産までを迎える事ができました。
出産後、妊婦の時からケアをしてもらっていたため母乳の出は良かったのですが、母乳のあげ方がわからず、特に病院からの指導もなかったため、もらった資料を見様見真似でやっていました。吸われている感覚もわからず、自分のあげているやり方が正しい授乳方法かもわからず、助産師さんに聞くと、”もし吸わなかったら無理して母乳をあげなくてもミルクで大丈夫だから。自然と飲めるようになるよ。”と言われ、そういうものなのかなぁ〜と思いつつ入院生活を送っていました。
授乳時間になり、いざ母乳をあげようとなると苦戦苦闘しながらあげていたため、すごく疲れていき、出産前から考えていた母乳育児をしたい気持ちが折れ始めていました。
「何かあったらなんでも電話ちょうだい」と言ってくれた松江先生の言葉を思い出し、入院中に電話をして退院したあとすぐに子供と一緒に行き、母乳のあげ方や飲ませ方を教えていただきました。
正しい授乳方や体勢を教わり、一生懸命飲んでいる姿を見た時は折れ始めていた気持ちも、また頑張ろうと思う気持ちになりました。
先生の指導のおかげもあり子供自体、飲み方が上手になりミルクを足す事なく母乳のみで、早い時期1ヶ月辺りからたくさんの量を飲めるようにもなりました。たくさんの量を飲めたのも、妊婦の時からのケアのおかげもあり開通している部分が多く 母乳が出やすかったこともあったと思います。出産前からの事前のケアも凄く大事だと実感しました。
これから出産を控えている妹にも、私が経験した事を話し、妊婦の頃からのケアをオススメしています。
今では、母乳のみで育てていく自信にもつながり、楽しく授乳が出来ているのも松私がマンマケアまつえ助産院に行ったきっかけは母のススメが始まりでした。
妊娠中、周りから母乳育児が良いと聞き母乳育児で育てたいという気持ちが強くあったのですが、出産が近づくにつれ胸の変化が特になく、母乳が出るか不安になり悩んでいました。母に相談した所、「松江先生の所に行けばいいよ!」と勧めてもらいました。母自身、私を産んだ時に母乳が出なくなり、ケアをしてもらいお世話になった所がまつえ助産院だったそうです。
不安な気持ちのまま、妊婦の30週頃に松江先生の所に行きました。心配していたとおり母乳が出る乳頭の表面がつまっており、開通させて初乳が出るように自分でできるマッサージ法やケアの方法を教えてもらいました。初めて初乳が出た時は不思議な感覚と、出ないのではないかと不安になっていたので嬉しかったです。「ケアをしていくうちにつまりも少なくなるし、開通部分も増えていくから大丈夫だよ」と言っていただきとても安心出来たのを覚えています。
おっぱいのケアだけでなく、妊婦の時赤ちゃんに栄養のある食べ物や食事管理などを教えていただきました。私と旦那が両方とも肌アレルギー体質であったため食事の取り方は勉強にもなりました。自分でできるおっぱいマッサージや陣痛がきた時の呼吸方など出産に向けてのアドバイスをもらい、妊婦中の些細な心配事も気軽に聞けたので、強い気持ちで出産までを迎える事ができました。
出産後、妊婦の時からケアをしてもらっていたため母乳の出は良かったのですが、母乳のあげ方がわからず、特に病院からの指導もなかったため、もらった資料を見様見真似でやっていました。吸われている感覚もわからず、自分のあげているやり方が正しい授乳方法かもわからず、助産師さんに聞くと、”もし吸わなかったら無理して母乳をあげなくてもミルクで大丈夫だから。自然と飲めるようになるよ。”と言われ、そういうものなのかなぁ〜と思いつつ入院生活を送っていました。
授乳時間になり、いざ母乳をあげようとなると苦戦苦闘しながらあげていたため、すごく疲れていき、出産前から考えていた母乳育児をしたい気持ちが折れ始めていました。
「何かあったらなんでも電話ちょうだい」と言ってくれた松江先生の言葉を思い出し、入院中に電話をして退院したあとすぐに子供と一緒に行き、母乳のあげ方や飲ませ方を教えていただきました。
正しい授乳方や体勢を教わり、一生懸命飲んでいる姿を見た時は折れ始めていた気持ちも、また頑張ろうと思う気持ちになりました。
先生の指導のおかげもあり子供自体、飲み方が上手になりミルクを足す事なく母乳のみで、早い時期1ヶ月辺りからたくさんの量を飲めるようにもなりました。たくさんの量を飲めたのも、妊婦の時からのケアのおかげもあり開通している部分が多く 母乳が出やすかったこともあったと思います。出産前からの事前のケアも凄く大事だと実感しました。
これから出産を控えている妹にも、私が経験した事を話し、妊婦の頃からのケアをオススメしています。
今では、母乳のみで育てていく自信にもつながり、楽しく授乳が出来ているのも松江先生のおかげだと思っています。感謝の気持ちでいっぱいです。松江先生のおかげだと思っています。感謝の気持ちでいっぱいです。

このケースは、実母がこの母親の赤ちゃん時代に来院され、母乳育児を実践された方で、あの子が・・と月日の経つのも早いものだと実感したものでした。
何時も妊娠中のケアが大切と書いていますが、その通りとなり、喜びもひとしおで本当に良かったと心からうれしく思います。
今は、ご希望通り母乳育児を楽しんで過ごされていることは、アドバイスしたことを忠実に守り実践してくれた母親の頑張りには他なりません。本当に良かったですね。
充分、母乳育児を楽しんでくださいね。